ヒトとマウスの視力の違いは、眼の性能差でだいたい説明ができそう
また呼ばれたので「ヒトとマウスの視力の違いの原因」について考察してみます。
dhtanaka
ヒトに比べてマウスは目が悪いとよく言われるけど、具体的にはどのレベルのどの細胞の精度が特に低いの?網膜の細胞?それともLGN?大脳新皮質?全部?> @symphonicworks
結論から言うと、眼の性能差でだいたい説明ができそうです。
まず、ヒト中心窩で45 cycles per degree (cpd、輝度がサイン波に基づいて変化する縞模様の、視野角あたりの周期)(Frisen and Glansholm, 1975)。45 cpdはいわゆる視力で2.0くらい。周辺に行くほど見えにくくなって、視野角80度付近では0.8 cpd(視力0.05くらい)。この傾向は、網膜の視細胞の密度が中心窩付近で高く、周辺ほど低いという事実と一致する(Missotten, 1974)。つまり、視細胞の密度が高い中心窩では視力が良い。
マウス(C57BL/6)の視力は0.5 cpdくらい(Prusky et al., 2000)。つまり、マウスの眼の解像度はヒトと比べて約100分の1。
眼で物を見る能力、いわゆる視力は、網膜に結像するためのレンズの性能と、網膜の性能のふたつの要因が考えられる(Campbell and Green, 1965)。レンズは似たようなもんと考えて、網膜の性能に着目する。
ヒトの網膜の中心窩付近では半径200 μmの円の中に約3万の細胞が居る(Missotten, 1974)。
30,000 (cells) / (0.2 (mm) x 0.2 (mm) x pi) ≒250,000 (cells/mm^2)
ヒトでは中心窩付近の視細胞は錐細胞。
マウスでは、750 μmの長さの切片の中に視細胞が約1,000 cells(Carter-Dawson and LaVail, 1979)。細胞を直径約10μmの円柱形と仮定して、
1,000 (cells) / (0.75 (mm) x 0.01 (mm))≒13,000 130,000 (cells/mm^2) 錐細胞はこのうち約3%で約4,000 (cells/mm^2)110222訂正
別のもう少し詳細な推計だと、マウス網膜の中心付近で桿細胞が437,000 (cells/mm^2)、錐細胞は12,400 (cells/mm^2) (Jeon et al., 1998)。110222追記
ここまでまとめると、視力を測るような条件(明るいところ)で主に動作する錐細胞の密度は、ヒト網膜250,000 (cells/mm^2)に対して、マウス網膜では4,000~12,400 (cells/mm^2)。ヒトの60~20分の1。マウスの解像度はヒトの100分の1だったので、まだ開きがある。のこりは眼球の大きさで説明できそう。
マウスの眼球はだいたい直径2~3 mm(Mort et al., 2009)。ヒトだと、25 mmくらい(下記「目の事典・目の構造」参照)。眼球の構造がヒトとマウスの間で相似だとすると、眼球の大きさが10倍ならば、ある視野角を占める光の棒が照らし出すマウス網膜の範囲は、ヒトの約10分の1。ある視野角を占める光が網膜に到達したときに、作動する視細胞の数は、視細胞の密度×光の当たる範囲だから、これでだいたい桁が合いましたね。視野角あたりの視細胞の数が多いならば、より小さな視野角の光を判別するために有利でしょう。
このように、光が目に入ったときに活動する視細胞の数の違いがヒトとマウスの視力の違いをよく説明すると思います。例えれば、デジカメの画素数の違いですな。
○気になること1
ICRなどのアルビノマウスだと網膜に色素がないので、網膜に入った光が乱反射して、像がぼやける。そのため、ICRは有色のC57BL/6などよりもさらに視力は劣ると推測できる。
○気になること2
マウスの網膜神経節細胞の分布から推測するに、中心部とそこから2 mmほど離れた周辺部とでは細胞密度に4倍程度の違いがあるようだ(Drager and Olsen, 1981)。とはいえ、上の実験で中心部750 μmをとってきたとすれば、上記の値はまぁ中心部分の細胞密度を表していると考えてよさそう。
○気になること3
マウスなどの齧歯類では網膜の視細胞のうち9割以上が桿体なのだけど、ヒトでは中心窩付近の視細胞は錐体がほとんどなのよね(Frisen and Glansholm, 1975)。錐体と比べて桿体は感度が高いって話だけど、マウスの桿体とヒトの錐体ではどっちが高感度かわからん。110222削除
potasiumch
単純に視細胞数の比較ですとマウス中心視は桿体が~4x10^5/mm2という見積もりもあるのでヒトより良さそうですね。 http://bit.ly/ihNO6W @symphonicworks ヒトとマウスの視力の違いは、眼の性能差 http://bit.ly/h4I6whpotasiumch
実際のところ、暗視能力はマウスのほうが高かったりするのかも? @symphonicworks
ここに例示した実験では、視力を測るために、明るディスプレイ等に表示された対象物を弁別する試験を行っていました。これによって測れるのは明るい所での視力、いわゆる明所視力(photopia)でしょう。potasiumchさんのおっしゃるように、桿体細胞がメインになるであろう暗所視力(scotopia)ではヒトとマウスの視力の差は縮まるか、もしかしたら逆転するかもしれないですね。貴重なコメントありがとうございました。110222追記
○気になること4
網膜→視床→大脳皮質の順に神経細胞が繋がっていて、大脳皮質の細胞が発火したときに見えたという感覚が生じる(と思う)。網膜から先だと、眼は問題なくても脳、特に大脳皮質視覚野の機能に異常がある場合にも視力の低下は生じる(Wiesel and Hubel, 1963; Prusky and Douglas, 2003)。種間で視床や視覚野の作りが違う可能性も否定出来ない。
ほなまた
参考文献
- Frisen L, Glansholm A. Optical and neural resolution in peripheral vision. Invest Ophthalmol. 1975 Jul;14(7):528-36.
- Missotten L. Estimation of the ratio of cones to neurons in the fovea of the human retina. Invest Ophthalmol. 1974 Dec;13(12):1045-9.
- Prusky GT, West PW, Douglas RM. Behavioral assessment of visual acuity in mice and rats. Vision Res. 2000;40(16):2201-9.
- Campbell FW, Green DG. Optical and retinal factors affecting visual resolution. J Physiol. 1965 Dec;181(3):576-93.
- Missotten L. Estimation of the ratio of cones to neurons in the fovea of the human retina. Invest Ophthalmol. 1974 Dec;13(12):1045-9.
- Carter-Dawson LD, LaVail MM. Rods and cones in the mouse retina. I. Structural analysis using light and electron microscopy. J Comp Neurol. 1979 Nov 15;188(2):245-62.
- Jeon CJ, Strettoi E, Masland RH. The major cell populations of the mouse retina. J Neurosci. 1998 Nov 1;18(21):8936-46.
- Drager UC, Olsen JF. Ganglion cell distribution in the retina of the mouse. Invest Ophthalmol Vis Sci. 1981 Mar;20(3):285-93.
- Mort RL, Ramaesh T, Kleinjan DA, Morley SD, West JD. Mosaic analysis of stem cell function and wound healing in the mouse corneal epithelium. BMC Dev Biol. 2009 Jan 7;9:4.
- 目の事典・目の構造
- WIESEL TN, HUBEL DH. SINGLE-CELL RESPONSES IN STRIATE CORTEX OF KITTENS DEPRIVED OF VISION IN ONE EYE. J Neurophysiol. 1963 Nov;26:1003-17.
- Prusky GT, Douglas RM. Developmental plasticity of mouse visual acuity. Eur J Neurosci. 2003 Jan;17(1):167-73.
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