大脳皮質前頭葉の神経細胞のシナプス後電流を増やしたり減らしたりすると、集団の中の上下関係が入れ替わる

論文紹介#22


 下の論文をちょっと前の論文セミナーで紹介したところ、同僚の先生からテキストで解説が欲しいという依頼があったので書いてみました。思ったより長くなっちったわ。せっかくなので公開しておきますね。


Bidirectional control of social hierarchy by synaptic efficacy in medial prefrontal cortex.
Wang F, Zhu J, Zhu H, Zhang Q, Lin Z, Hu H.
Science. 2011 Nov 4;334(6056):693-7. Epub 2011 Sep 29.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21960531


解説記事
Neuroscience. Synaptic switch and social status.
Maroteaux M, Mameli M.
Science. 2011 Nov 4;334(6056):608-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22053035


以下、逐次解説。


Bidirectional Control of Social Hierarchy by Synaptic efficacy in Medial Prefrontal Cortex
直訳:内側前頭前皮質シナプス効率による社会的階層性の両方向性の操作
意訳:大脳皮質前頭葉神経細胞シナプス後電流を増やしたり減らしたりすると、集団の中の上下関係が入れ替わる
超訳:mEPSPのデカイやつは態度もデカイ!?


 社会的な階層性(上下関係)は多くの種の集団で見られる。偉い奴は餌をたくさん食べられたり、生殖の機会が増えたりして有利。上下関係自体は、集団の中で無用な争いを避けるためにも機能する。ヒトでは2歳のこどもから上下関係は存在する。一部の種ではこの上下関係が遺伝することが知られており、なんらかの内因性の仕組みが存在することを示唆するが、その実体は不明である。


Fig. 1
 著者らは上下関係が生じるための内因性の仕組みを調べるための系を確立することから始めた。主に用いたのはチューブテスト(Fig. 1A)。
○チューブテスト

  1. マウス一匹がちょうど入れるチューブを作り、その中を端まで通り抜けるようマウスを訓練する。
  2. 1ケージにつき4匹の訓練済みオスマウスを2週間飼育した後、チューブテストを行う。
  3. チューブ両端からマウスを進ませ、2分以内に後退したマウスを敗者、もう一方を勝者とみなす。
  4. 上記を4匹の総当りで行い、勝ち数の多いものから1〜4のランクを付ける。

 チューブテストの結果、95%のケージではマウスAがBに勝ちかつBがCに勝つ場合、AはCに勝つ、即ちその上下関係は遷移的な傾向が見られた(Fig. 1B左)。さらに、多くのケージでは部分的な非遷移性も見られず、その上下関係は直線的であった(Fig. 1C左上及び右Linear)。
 この上下関係が長期にわたり安定することを示すために、6日にわたり同テストを繰り返した(Fig. 1D、E)。ケージ毎(Fig. 1D)でも、すべてのケージの結果をあわせても(Fig. 1E)、ランクの変動はあまり見られなかった。勝敗以外に、敗者が撤退するまでの時間にもランクの差が見られた(Fig. 1F。ランク間の差が大きいほど早く撤退した)。以上より、チューブテストによって、マウスのケージ内の上下関係を勘定することができることが示された。


Fig. 2
 このチューブテストの結果の妥当性を検討するために、このテストの後に他の上下関係を測るテストを行い比較した。
○他のテスト1:Visible burrow system、見える巣穴

  • 同じ体重のマウス4匹を透明な部屋(餌と水へは一度に一匹のみアクセスでき、その様子を他のマウスは常に見ることが出来る)に1週間飼ったあとに体重を量り、重いものから順にランクを付ける(Fig. 2A)。

 上位のマウスの食事中には下位のマウスはそこに近づかないため、上位のマウスの体重は下位の者よりも重くなる。このテストの結果とチューブテストの結果はよく相関した。


○他のテスト2:Agonistic behavior assay、攻撃的行動

  • マウス4匹を汚いケージに放し、攻撃的な行動の指標(追いかける、パンチするなど)から防御的なもの(逃げる、立ちすくむなど)を引いた値の大きい順にランクを付けた(Fig. 2B)。

 このテストの結果とチューブテストの結果はよく相関した。


○他のテスト3:Barber test、ひげそり

  • 幾つかのケージでは、ケージ内の1匹だけがひげをもち、他は無い(抜かれるなどして)状況であった(Fig. 2C)。

 このひげをもつ動物はチューブテストでランク1の場合が多かった。


○他のテスト4:Urine marking assay、マーキング

  • 2つに仕切られ、網底の下にろ紙を敷いた透明なへやにマウスを一匹ずついれ、ろ紙についた尿の頻度や量をあとで測り両者で比較した(Fig. 2D)。

 多くの尿が検出されたマウスはチューブテストで上位のことが多かった。


○他のテスト5:Ultrasonic test

  • 2つに仕切られた透明なへやにオスとメスのマウスを一匹ずつ入れ、オスの超音波(求愛ソング)の発声数および長さを計測し、多いものから順にランクを付けた(Fig. 2E)。

 このテストの結果とチューブテストの結果はよく相関した。


 以上より、チューブテストはいずれのテストとも相関を示し、上下関係を測るために妥当な方法と言える。


 道具は揃った。マウスはケージの中の集団で上下関係を持ち、それはチューブテストで測ることができる。ではそれにはどのような脳の仕組みが関わっているのだろうか。


Fig. 3
 fMRIを用いた実験により、ヒトではdorsolateral prefrontal cortex(背外側前頭前皮質)及びmedial prefrontal cortex(内側前頭前皮質)が上下関係に基づいた行動に関与していることが示唆されている。著者らは、そのマウス相同領域(medial prefrontal cortex(内側前頭前皮質、mPFC))から皮質切片を作成し、ホールセルパッチクランプ法によりシナプス活動を記録した(Fig. 3A)。ランク1のマウスは4と比べて大きなmEPSCを示した(Fig. 3B)。この傾向は複数細胞からの結果をあわせても見られた(Fig. 3C)。他方、頻度は変わらなかった(Fig. 3D)。個別のケージごとでもこの傾向は見られた(Fig. 3E)。
 他の方法でこれを検証するために、チューブテスト直後のマウス切片を用い、神経活動により発現を増すc-fosの発現量を免疫組織化学により可視化し、c-fos陽性細胞の数を数えた。mPFCの特にprelimbic cortex(前辺縁皮質、PL)に於いて、勝者は敗者よりも多くのc-fos陽性細胞を示した(Fig. 3F, G)。
 以上より、上位のマウスでは、mPFCに於けるシナプス活動が活発であると考えられる。


Fig. 4
 このシナプス活動と上下関係の因果関係を調べるために、ウィルスベクターにより後シナプス性電流を操作した上で、チューブテストで上下関係を調べた。Ras(small GTPaseの一種でAMPA受容体のシナプス後膜への挿入を促進する)とGFPの融合タンパク質をシンドビスウィルスにより導入したmPFCの例(Fig. 4A)。その皮質から切片を作成しホールセルパッチクランプで、NMDA性、AMPA性電流を記録すると、Rasを過剰発現した(GFP陽性)細胞ではAMPA電流が非感染細胞と比べて大きかった(Fig. 4B)。
 GluR4の過剰発現により直接AMPA受容体を増やした場合にも同様にAMPA電流の増加を認め、さらに、そのマウスのチューブテストのランクは上がった(Fig. 4C)。GluR4のC末端(R4Ct)を過剰発現しGluR4のシナプス後膜への輸送を妨げると、AMPA電流の減少を認め、さらに、そのマウスのランクは下がった(Fig. 4D)。この傾向を多くのマウスで調べた平均(Fig. E-G)。AMPA電流はRas及びGluR4を過剰発現した細胞では増大し、Rap(small GTPaseの一種でRasとは逆にAMPA受容体の細胞内への取り込みを促進する)及びR4Ctを発現した細胞では減少した(Fig. 4E)。これらをmPFCに導入されたマウスはRas及びGluR4を導入されたマウスではチューブテストのランクが上がり、Rap及びR4Ctを導入されたものは下がった(Fig. 4F, G)。mPFCでなく運動野にR4Ctを発現させてもランクは変わらなかった(Fig. 4G)。
 最後に、チューブテスト以外のテスト(上記、他のテスト5:Ultrasonic test)で上下関係を測定しても、結果は同様だった(Fig. 4H, I)。
 以上より、mPFCのシナプス活動を操作することにより、上下関係を変更可能であることが示された。


著者らの主張:mPFCの神経回路がマウスの集団における上下関係の神経的な基盤であることを同定した。


解説以上。詳細は論文を読んでくださいな〜。


ほなまた


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