数十nmの解像度を誇る超解像蛍光顕微鏡「STORM」でシナプスを見た。あと、ライブイメージングはできるのか考察。

論文紹介#20


Superresolution Imaging of Chemical Synapses in the Brain
Neuron, Volume 68, Issue 5, 843-856, 9 December 2010
Adish Dani, Bo Huang, Joseph Bergan, Catherine Dulac, Xiaowei Zhuang
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21144999


 この論文で使われているのは、光学顕微鏡を使って単シナプス内のタンパク質の分布を数十nmという超解像度でイメージングする手法。この顕微鏡法(Stochastic optical reconstruction microscopy, STORM, 確率的光学再構築顕微鏡法(直訳))は視野内の蛍光プローブのうち、回折限界の距離よりも離れたいくつかの分子だけが励起されるよう工夫し、これを繰り返しイメージングすることで各プローブの位置を特定するという方法で光の回折限界以上の超解像度を達成してます。以前紹介したSTEDとは具体的な方法は異なりますが、蛍光を発するプローブの数を絞るという考え方は同様ですね。
 STORMで特徴的な工夫というと、光を当てるとプローブが消光(励起光を当てても蛍光を発しない状態)したり、回復(蛍光を発する状態)したりするプローブ(Photo switchable fluorescent probes、光スイッチ付き蛍光プローブ)ですね。最初の論文(Rust et al., 2006)で使っていたCy5-Cy3は、赤色光を当てると蛍光を発すると同時に消光し、緑色光をあてると回復します。この蛍光プローブを抗体などにくっつけて免疫染色したあと、顕微鏡下で赤色光を当ててひとまず全てのプローブを消光。そのあとで、視野内の蛍光プローブのうち、空間的に重ならない位置の幾つかの蛍光プローブが回復する程度の弱い緑色光を当てる。ほいで、赤色光(励起&消光)→緑色光(回復)を繰り返して、イメージングするわけです。たとえば、仮に一回あたり0.5%のプローブが回復して蛍光が検出されるとすると、消光したままのプローブは99.5%。撮像は論文によると60 frames per sec(1/s)で数分かかる。5 (min)として、60*60*5=1800回。この条件でイメージングして一度も回復しないプローブが現れる確率は、0.995^1800(0.995の1800乗)で0.00012(約0.012%)となり、ほとんどすべての蛍光プローブ分子のそれぞれの位置を取得できるってわけです。さらなる技術の詳細についてはRust et al., 2006を参照してくださいな。その後の論文(Bates al., 2007)ではこの光スイッチ付き蛍光プローブをマルチカラー化して複数のたんぱく質を染め分けてますね。今回の論文でもこのマルチカラーのプローブを使っているようです。
 STORMの撮像には単分子イメージングなんかでよく使われる、全反射顕微鏡(Total-internal-reflection fluorescence microscopy, TIRF, エバネッセント顕微鏡とも言う)を使っているようです(参考:柳田研@阪大)。ガラス面などの内側からレーザーを全反射する角度で斜めに入射させると、ガラス面の極近傍に光が「染み出し」ます(エバネッセント場)。全反射顕微鏡はこのエバネッセント場を励起光として用いた蛍光顕微鏡のこと(参考:オリンパスHP)。このエバネッセント場はレーザーの反射面から数百nmの深さにだけ染み出すため、それ以外の場所にある蛍光プローブを励起せずにS/N比の良い像が得られます。ごく少数の蛍光プローブを励起する必要のあるSTORMにはとても適していますね。(ただし、裏をかえせば極浅い部分しか撮像できない。)
 あとは、個人的な興味で、STORMを生細胞イメージング(Live cell imaging)に適用するために必要そうなことについてちょっと考えてみます。上記のように、この方法ではすべてのプローブの位置情報を取得するまでの数分かかります。その間に分子が動いてしまうと、わけがわからなくなってしまいますよね。この論文では固定した組織切片を使っているので問題にならないのですが、生きた細胞で動き回るたんぱく質の様子を観察する際には大問題でしょう。今回の論文のセットアップだと、撮像に数分間かかるので、その間に許される移動距離が数十nm(STORMの解像度)ってのは結構大変ですな。途中で動くと画像を再構築できなくなるんじゃないですかね。たとえば、培養皿に張り付いた細胞のふちによく現れるラメリポディア(Lamellipodia)内のアクチンフィラメント(Actin filament、アクチンの束)の移動速度は0.025 µm/sぐらいらしい(Watanabe and Mitchison, 2002)。今回の論文の装置で撮像にかかる時間が数分間。約5 (min)、解像度は20 nmぐらいとすると、X=20/(5*60)=0.067(nm/s)の速度まで許容されるので、アクチンフィラメントの移動をライブで見るためには3桁くらい撮像速度を早くする必要がありそうですね。レーザー強くして、照射及び取得時間を短くすればできるかも(本当か?)。データ取得機器(今回はEM-CCDを仕様)のサンプリングレートが律速かな。
 GFPなどの遺伝子に組み込まれ、かつPhoto switchableな蛍光プローブがあるとライブイメージングと相性がよさそう。たとえばDronpaなどはどうだろう(Ando et al., 2004, 2007)。融合タンパク質を作ったり、マルチカラー化したりすれば面白いと思うんだけどな。


ほなまた
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参考文献


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