Lynx1は可塑性のブレーキを踏む。眼優位可塑性が成体で起きない仕組みについての新たな知見。

論文紹介#19


 幼若期の異常な視覚経験による視覚機能の低下を弱視と呼びます。人口のうち3%程度の割合で弱視患者がいると推計されています(Webber and Wood, 2005)。結構多いですね。弱視になると、その影響は一生涯続きます。この弱視の仕組みについては、幼若期にモデル動物の片目を一定期間とじておく(片眼遮蔽)ことで、閉じておいた方の眼の視力が低下する(眼優位可塑性)という実験系を用いて研究されてきました。Torsten N. Wiesel博士とDavid H. Hubel博士はこの研究を含む一連の視覚系の情報処理に関する発見("for their discoveries concerning information processing in the visual system")により1981年にノーベル医学生理学賞(The Nobel Prize in Physiology or Medicineなので、生理学医学賞が正しいと思うんですけどね。)を受賞しました。興味深いことに、Wiesel博士とHubel博士は1963年の論文で、片眼遮蔽によって弱視を生じた動物では視覚刺激に対する網膜の応答は正常なのにも関わらず、大脳皮質視覚野の応答が弱くなっていることを示しました(Wiesel and Hubel, 1963)。つまり、片眼遮蔽によって弱視を生じた動物では、眼は正常なのに脳の機能異常のために物が見えなくなっていたわけです。しかもこの機能異常は成体になっても続きます。成体の動物では片眼遮蔽を行ってもこのタイプの可塑性は起きず、眼優位可塑性の起きる幼若期の一時期を眼優位可塑性の臨界期と呼んでいます。今回紹介する論文は、この眼優位可塑性が成体で起きない仕組みについて新たな知見を与えるものです。もしかしたら、弱視の治療にも使えるかもしれないと著者らは述べています。


Published Online 11 November 2010 Science 26 November 2010: Vol. 330 no. 6008 pp. 1238-1240 DOI: 10.1126/science.1195320
Lynx1, a Cholinergic Brake, Limits Plasticity in Adult Visual Cortex
Hirofumi Morishita, Julie M. Miwa, Nathaniel Heintz and Takao K. Hensch
http://www.sciencemag.org/content/330/6008/1238.abstract
Scienceの解説記事はこちら
http://www.sciencemag.org/content/330/6008/1189.summary


 今回、ヘンシュ貴雄ハーバード大学教授のグループは神経細胞に発現するLynx1というタンパク質が、成体の動物で臨界期が起きないようにブレーキを掛けていることを示しました。Lynx1はニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)の働きを拮抗的に阻害する、内因性のプロトキシン(毒前駆体)。nAChRの拮抗的阻害薬というとα-ブンガロトキシン(ヘビ毒の一種)が有名ですね。どうやら成体の大脳皮質では、このLynx1がnAChRの機能を阻害することで眼優位可塑性の臨界期が起きないようにしているようです。その証拠に、このタンパク質を失ったマウスは成体でも眼優位可塑性が起きました。これまでにも成体のげっ歯類の大脳皮質視覚野付近でコンドロイチン硫酸(細胞外マトリクスの一種)を分解すると、成体で眼優位可塑性の臨界期が回復する(Pizzorusso et al., 2002)ことなどが知られていました。今回紹介したLynx1は神経伝達を制御しているという点が特徴ですね。まぁ、詳細については論文を読んでくださいな。


ほなまた
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参考文献


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