二光子励起で局所回路をマッピング。大脳皮質における「経験依存的な反回性興奮性回路の形成」と「高密度の抑制性投射」

論文紹介#21


Maturation of a recurrent excitatory neocortical circuit by experience-dependent unsilencing of newly formed dendritic spines.
Ashby MC, Isaac JT.
Neuron. 2011 May 12;70(3):510-21.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21555076


Dense inhibitory connectivity in neocortex.
Fino E, Yuste R.
Neuron. 2011 Mar 24;69(6):1188-203.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21435562


 脳内の神経回路がどんな法則に従って配線されているのかというのは、神経科学における大きな謎のひとつです。たとえば、ある細胞は、周囲にやまほどある細胞のうち、何個から入力を受けているのでしょうか?そして、その結合確率を決めているの要因は?隣接する細胞といったような局所の神経細胞間の配線を調べる方法としては、マルチパッチクランプによる複数細胞の同時記録や、ケージドグルタミン酸(Caged glutamate、直訳すると籠入りのグルタミン酸)のレーザーアンケージング(Laser uncaging、レーザーによる開籠(直訳))によるマッピングなどの電気生理学的な手法と、電子顕微鏡や各種トレーサーを使った形態学的な方法があります。今回は前者の電気生理学的な手法による入力マッピングについて少しだけ解説します。
 電気生理学的な手法のうち、マルチパッチクランプによる複数細胞の同時記録は、複数の細胞に同時にガラス微小電極を取り付け、そのうちのひとつの細胞を発火させて、そのほかの細胞からシナプス後電流を記録するという方法です。この方法は記録が出来れば信頼性が高いけれども、基本的に職人技でその成否は実験者の技量に負うところが大きいです。最近のHenry Markram Lab.の仕事で12細胞同時記録なんてやってましたね(Perin et al., 2011)。聞いたところによると、Markram Lab.のセットアップはガラス微小電極の並んだ姿がハリネズミのようだそうな(笑)。それにしても、ものすごい技術。何かスペシャルアイテムでもあるんですかね。興味津々。
 光刺激によるマッピングの概要は以下のとおり。ケージドグルタミン酸存在下(それ自体はグルタミン酸受容体を活性化しない)で細胞をひとつパッチクランプしておいて、視野内の任意の位置に特定の波長のレーザーを当てる。すると、そのレーザーのあたった場所の極近傍で活性のあるグルタミン酸が生じ(アンケージング)、その付近に存在する細胞のグルタミン酸受容体を活性化し、発火させます(光刺激)。ある位置にレーザーがあたったときに、パッチした細胞においてシナプス後電流が記録された場合、レーザーのあたった位置に存在する細胞からシナプス入力を受けていると推定できるわけです(マッピング)。この方法はマルチパッチクランプと比べて、広範囲の複数の細胞からの入力をより短時間で調べることができます。
 両者を組み合わせる、つまり、マルチパッチクランプ下で光刺激によるマッピングを行うと、複数の細胞が結合している時とそうでないときで、それ以外の細胞からの入力がどうなっているかを調べることもできます。吉村らはこの方法によってげっ歯類の大脳皮質視覚野に局所回路が存在することを明らかにしました(Yoshimura et al., 2005)。たとえば、2/3層の錐体細胞において、複数の細胞が相互に結合しているときには、4層からの入力も共有している確率が高い。つまり、たくさんの神経細胞と、その樹状突起、軸索が絡み合っている大脳皮質にも、あるていど秩序立った局所回路が形成されているということですね。
 今回紹介する二つの論文はいずれも、大脳皮質内の局所回路がどのようにして配線されているかを明らかにするために、上記の光刺激法を進歩させ、極超短パルスレーザーによる二光子励起をアンケージングに用いました(二光子アンケージング)。二光子励起はレーザーの焦点近傍の極めて狭い範囲で生じるため、これをアンケージングに用いた場合には通常のレーザーによる励起(一光子励起)と比べて作用範囲を極端に小さく(励起光の生じる大きさは、設定にもよるが、半値幅で<1μm程度)することができるます。これにより、細胞ひとつずつ、さらには、スパインひとつずつを個別に刺激することができます。今回論文ではこの方法を、片や興奮性細胞からの入力(Ashby and Isaac, 2011)、片や抑制性細胞からの入力(Fino and Yuste,. 2011)に適用したわけです。
 AshbyとIsaacの論文では二光子アンケージングによる光刺激に加えて、Dodt-Gradient-Contrast Imaging(以下Dodt法)という方法で細胞体の位置を観察しています(Dodt et al,. 2002)。でこの方法は、微分干渉顕微鏡(Differential interference contrast microscopy, DIC)や位相差顕微鏡(Phase contrast microscopy, PC)のように、透明な細胞などを観察する手法のひとつです。眼科で使われるスリットランプ(細隙灯顕微鏡)みたいなものだそうです。ランプハウスと顕微鏡の間に、独特の形状の絞り(stop)、ディフューザー(diffuser)とレンズからなる装置を取り付けるだけで、DICのような像を得られ、しかも、脳切片などの厚みのある組織の内部を観察する場合にはDICよりも像が鮮明なのだそうな(下記Contrast methods - Pimos sarl参照)。このDodt法はDICのように検出器側に細工をしなくても像が得られるため、AshbyとIsaacの論文のように検出器側の光路にレーザーを通す場合などに邪魔にならないのも利点です。この方法自体は十年以上前に発表されていて、後付で顕微鏡に搭載するための機器もLuigs and Neuman社から販売されています(下記Dodt-Gradient-Contrast System参照)。これらの方法を使って、著者らは齧歯類体性感覚野の第4層内の興奮性神経細胞が、経験依存的に反回性の局所回路を形成することを明らかにしました。
 FinoとYusteの論文のポイントは著者らが開発した新しいケージドグルタミン酸、Rubi-glutamate(Ruthenium-bipyridine-trimethylphosphine caged glutamate)ですね。二光子アンケージングにはMNI-Glutamate(4-methoxy-7-nitroindolinyl-caged L-glutamate. Ashby and Isaac, 2011でも使用)というケージドグルタミン酸が使われているのですが、この化合物は高濃度でGABAa受容体を阻害するため、高濃度のMNI-Glutamateを必要とする二光子アンケージングで抑制性入力を調べることはできませんでした(Fino et al., 2009)。著者らはより弱い光でアンケージングされるRubi-Glutamateを開発し、これを従来と比べてより低濃度で用いることでGABAa受容体の阻害を回避した(まぁ、完全ではないんだけれども)わけです。この化合物は、今はTOCRISから買えるようです(下記RuBi-Glutamate参照)。彼らはこのRubi-glutamateを使って齧歯類運動野の第2/3層の錐体細胞は、近傍にあるほとんどすべてのソマトスタチン陽性細胞(おそらくMartinotti cell、抑制性細胞の一種)から抑制性入力を受けていることを明らかにしました。
 まぁ、結果の詳細については論文を読んでくださいな。上記のようにケージドグルタミン酸の二光子アンケージングは局所の神経回路の配線をひとつずつの細胞レベルでマッピングできちゃいます。見える細胞を片っ端から叩いて、何個中何個の細胞からの入力を受けているのか定量的に知ることができちゃうんですから、強力な手法ですよね。最近はやりのチャネルロドプシン(ChR2)を使うと、これがin vivo(生体内)でできそうですね〜。


ほなまた


参考文献

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